「第1の軸」「第2の軸」
第1の軸「大」
休憩中、彼女(相葉遥)は戸惑っていた。
これまで「集客」が重要だと思って、毎日のようにブログを更新したり、Facebookを投稿したりしてきたのに、集客は現段階では意味がないという僕(橋本)の話を彼女は考えていた。
僕はコーヒーをひと口飲んだ後、彼女に言った。
「さて、一息ついたから、始めますか。何か、質問はありますか?」
「橋本さんの話を考えていました。集客以前に商品を売れるようにすることが大切。
でも、商品以前に根本的な問題(基礎)、『4つの軸』というものがあると話されていましたが、とても気になっています」
その彼女の話に僕は頷きながら、話しはじめた。
「これから、一つひとつ話していきますね。
じゃあ、本題に入りますが、僕の2冊目の著書『顧客の「本音」がわかる9つの質問』にも書いたように……、僕はマーケティングに取り組むようになって16年で、その間、数多くのリサーチ(顧客調査)を繰り返してきました。調査ではこう質問することがあります」
僕は目の前の資料にある「質問」を指さした。
なぜ、この商品を買ったのですか? 理由は何ですか?
彼女はその質問を見ながら、訊いた。
「これはお客さまに聞く質問ですか?」
「そうです。要は『商品』を買ってくれたお客さまに、買った理由について、質問するわけです。でも、それに対して、お客さまから『不思議な回答』があがってくることがあるんです」
「不思議な回答?」
彼女は大きな目をますます大きくするような表情をした。
「そう、不思議な回答です。その回答は、大手のマーケティングに関わる人間であれば、当然のように経験するものです。ですが、小さな企業ではまず見ることがありません。それがコレです」
そう言って、資料にある、「顧客からの回答(言葉)」を見せた。
「大手企業だから、安心なので……」
彼女はわからない、という表情をしつつ、僕に尋ねた。
「なぜ、これが不思議なんですか?『大手だから安心』って特に不思議ではないと思います。私だってそう思います。よくわからない小さなトコロより大手の方が安心ですよ」
彼女からのその言葉を待っていたかのように「そうですよね」と微笑みながら、僕は答えた。
「でも先ほどの質問について考えてください」
僕がそう言うと、彼女はもう一度「なぜ、この商品を買ったのですか? 理由は何ですか?」とボソボソと読み、「何がおかしいんですか」と尋ねた。
「その質問は『何』について聞いていますか?」
「えっ、それは『商品』ですよね……あっ、『商品』について聞いています」
相葉さんはとても嬉しそうな表情をした。僕も彼女が気づいてくれたことに喜びながら、説明をはじめた。
「そうです。質問は『商品』について聞いています。ですが、お客さまは『企業』について答えているわけです。これは大手ではよく見られる回答です。逆に小さな企業ではこのような回答はまずありません。当然ですよね。『小さな企業だから安心……』とはお客さまは答えないですから」
「確かに……大きい企業だと安心ですけど、小さな企業だと逆に不安になります」
「まさにそれです。第一の軸『大(ダイ)』とはお客さまが『あなたの企業』(もしくは『ビジネス』)を『大きい』と感じているかどうか、です。基本的に、『大きい』と顧客は安心するんです」
「具体的にはどのくらい大きいことを言うのですか?」
「重要なのはお客さまが『大きい』と感じるかどうかです。大企業の定義はどうだとか、社員数が1,000人以上でないと大企業とは言わないとか、時価総額がどうだとか、一部上場だとか、世間や専門家の考え方が重要なのではなく、あくまでお客さまが『大きい』と感じるかどうかです。
ちなみに相葉さんの商品を買うのは誰ですか?」
「……えっ、お客さま……ですか」
自信がないように彼女は答えた。
「そう、相葉さんの商品を買うと決めるのも、お金を支払うのもお客さまです。だからこそ、お客さまがどう感じるかが重要になってきます。この場合、お客さまが『大きい』と感じるかどうかです。
お客さまは商品を買う上で、大きい企業だと安心し、逆に小さな企業だと不安に感じてしまうのです」
僕はノートに次のように書いた。
「大」きい企業は有利、「小」さい企業は不利
「もしかしたら、相葉さんは『橋本さんは、私たちのような小さな企業にやる気をなくさせる気なんじゃないか……』と思っているかもしれません。ですが、重要なことは相葉さんのビジネスが置かれている現状です。有利であれ、不利であれ、この段階では正しい現状を知ることが重要なのです。
では、改めて、次の質問に答えてください」
僕からの質問
「あなたの企業はお客さまから大きいと思われているか、小さいと思われているか」
「もちろん、小さいと思われています。つまり、不利ということですよね。ただ、うまくいっていないビジネスやはじめたばかりのビジネスが小さいのは当然じゃないんですか?」
納得できない表情を浮かべながら、彼女は質問してきた。
「相葉さんにとって、小さいことは事実だし、それを意識しても何一つ変わらないと思っているのかもしれないですね。
ただ、小さいことを『不利』だと認識するのと、しないのでは全く違います。
『不利』だと明確に認識すれば、その対策を検討することができるわけです。相葉さんのお客さまは、もしかしたら、『相葉さんのビジネスは小さいし、うまくいってなさそうだ』と不安に思っているかもしれません。でも、それにいつまでも自分たちが気づかずにいたら、何一つ、変わりません」
彼女は僕の目を見て、やや恥ずかしそうに下を向き、小さな声で言った。
「確かに、小さいどころか、うまくいってなさそう……と思われているのかもしれません」
「相葉さん、不安になる必要は全くないです」
僕はやや強い声を出した。そして続けた。
「正しい現状がわかれば、対策は打てます。重要なのは、実際には不利だったり、お客さまを不安にさせていたりするのに、それに気がつかずにいることです。逆にいえば、気づけば対策はとれます」
「小さいことに対策などあるのでしょうか?」
「対策はいくらでもあります。ここは現状を認識していただきたいので、あまり触れませんが……たとえば、僕がマーケティングの支援をした創業わずかな期間で年商2億になった企業は、まさにこの第1の軸『大』を様々な形で用いています。一つ基本的な例をいえば、現状が小さくとも、より大きな企業、より大きなビジネスとのコラボは可能です。そうした『大』きな力を借りることです」
「でも、そんな大きな企業とのコラボなんて、可能なのでしょうか?」
「先ほどの創業わずかな期間で年商2億になった企業はまさにそれを実現しましたし、その他でも実現したケースはあります。ただ、それが難しいと考えるなら、相葉さんの手の届く範囲で大きい企業、大きなビジネスを展開しているところと組むことです。コラボというと言葉として、やや大げさですが、チームのようなモノでも構いません。僕自身、この考え方が大きな力になりました」
「……確かに、私の知り合いのコーチの方も、より大きく展開しているコーチの方とコラボして、うまく展開していたりしています。かなり順調らしいです」
「極めて小さい存在というのは、極めて不利な状況なんです。それを少しでも大きな、少しでも有利なところとコラボするのは基本的な方法の一つです」
さらに続けて、僕は話した。
「また、大きい力を用いないとしても、小さな企業の強みを活用することはできます。小さな企業(ビジネス)は自然に任せていたら、不利なわけです。でも小さな企業にも強みはあります。
たとえば、わかりやすい『強み』がスピードです。小さな企業(ビジネス)は組織がシンプルで意思決定が早い。でも、そうした強みを意識せず、ダラダラと仕事をしてしまうと、その『強み』さえも発揮できず、非常に厳しい状況になってしまうわけです。
ここは応用編の話なので終わりにしますが、要は小さな企業の強みを活用しつつ、大きな力を借りるように展開していく、ということです。少しでも有利な状況を創り上げていくわけです。
では、次の第2の軸の説明に入りますね」
第2の軸「知」
「先ほどの『なぜ、この商品を買ったのですか? 理由は何ですか?』という質問にお客さまが別の回答をしてくることがあります。その回答は次のものです」
僕はそう言いながら、資料にある、「顧客からの回答(言葉)」を見せた。
「知っていたから」
「これはいわゆる『有名』ということではありません。お客さまにとって『知っている』かどうかが重要になってきます。商品を買うのは『お客さま』だから当然ですよね。お客さまに知られている場合は有利で、お客さまに知られていない場合は不利になります」
僕はそう話してから、質問をした。
「ここで質問です。お客さまが何を知っていると有利になり、何を知らないと不利になるのでしょうか?」
「商品ですか……」
彼女は自信がなさそうに答えた。
「商品もそうですが、実はこれには3つあります。『企業』『商品』『担当者』の3つです」
そう話しながら、僕は資料の次の場所を指差した。
企業:顧客が知っている企業の場合は有利であり、顧客が知らない企業の場合は不利になる。
商品:顧客が知っている商品の場合は有利であり、顧客が知らない商品の場合は不利になる。
担当者(営業マン):顧客が知っている担当者の場合は有利であり、顧客が知らない担当者の場合は不利になる。
「このように企業、商品、担当者が知られていると有利になるわけです」
「お客さまに3つ全てを知られていないとダメなんですか?」
「そんなことはないです。一つだけでも全く知られていないよりははるかに有利になります。たとえば、『この会社は知っているから』とか、『この商品は知っているから』とか、『この担当者は知っているから』などと、何か知られていれば、有利になるわけです。
もちろん、3つ全て知られていたら、圧倒的に有利ですよね。企業も、商品も、担当者も知られているのだから。逆に3つ全てが知られていないケースは圧倒的に不利になるわけです。さて、相葉さんの場合はどうでしょうか?」
僕からの質問
「あなたの企業、商品、(企業の)担当者はお客さまに知られているか?」
彼女は少し視線を天上に向けながら、こう訊いた。
「私の場合は自分一人でビジネスをしているので、担当者は自分でいいのでしょうか?」
「そうですね。この担当者というのはお客さまと接する人という意味なので、相葉さんのような場合は、相葉さん自身になります」
「……企業も商品も私のことも、ほとんどの見込客の方に知られていないと思います。ただ、うまくいっていない企業は3つとも知られていない気がします」
「そのとおりです。うまくいっていない小さな企業の場合、この3つ全てが知られていないケースが多い。企業は知られていないし、商品は知られていないし、担当者も知られていないんです。この状況で売ろうとしても、買ってくれる確率は極めて低い。
特に相葉さんのような『形がない商品』だと、実体がないし、なおさらその傾向が高まります。だから、うまくいかないのです。
あと、少し補足すると、『形がない商品』を売る場合、『買ってもらう』前に『知ってもらう』必要があるのです(厳密にいえば、商品を売る上で必要な要素で知られる必要がある)」
「そうなると、私の場合、第一の軸では『小さい』ことで不利。第二の軸では3つとも『知らない』ことで不利。不利だらけですね。これからどうすればいいんですか……」
彼女の顔から笑みが消え、表情が暗くなっていた。でも、僕は力強く彼女に言った。
「大丈夫です。まず相葉さんのビジネスの現実を知ることに集中していきましょう。
『小さい』『知らない』共に不利だということ。それを明確にして、意識すれば、あとは対策を練って、前進していくだけです。シンプルです。安心してください。次は第3の軸です。ここからは相葉さんが考えたことがない話に入ってくると思います」
僕は笑いながら、そう話したが、彼女は自分のノートに書いたメモを眺めていた。そこには次のように書かれていた。彼女はそれを見ながら、こんな状況だったのか、と心の中で呟いていた。
(次回へつづく)