追い詰められていた
不安な中、追い詰められていた…
彼女から連絡があったのは7ヶ月以上前のことだった。
「相葉遥……。誰だろう。この人」
外出先の僕に届いたメッセージを読んでみると、どうやら、Facebookの僕の投稿に興味をもち、読んでくれていたようで、著書も読んでくれていたようだった。
「橋本さん(僕)の本も読ませていただきました。特に3冊目が面白かったです」
感じが良い、ホッとさせてくれる文章に、そう付け加えられていた。その優しさを感じさせる文章に悪い気もしなかった僕はすぐに返信した。
「ご丁寧にありがとうございます。本当に嬉しいです」
色々と書いた記憶があるけど、そんな返事をした。僕はその返事でこのやりとりは終わるだろうと思っていた。
ところが、2日後に彼女からまた連絡があった。
「ご相談があるのですが、一度お会いすることはできないでしょうか?」
彼女の文章から切実な様子が伝わってきたこともあり、幾度かのやりとりのあと、彼女と会うことになった。
ランチの時間は混むので、有楽町のカフェに12時少し前に待ち合わせをした。僕は少し早く有楽町に着いたこともあり、早めに店に入り、待っていた。すると、相葉さんらしい女性が店に入ってきた。
Facebookで彼女の顔は確認していて、その女性を「相葉さんらしいな……」と思い、軽く会釈した。彼女は僕に気づいたのか、笑顔になり、大きく頭を下げた。
彼女はおだやかで丁寧な話しぶりで、僕らは他愛もない話をしていた。どうやら、なかなか相談事を言い出せないようだったので、僕から切り出した。
「何かお困りのことがあるんですよね」
そう聞くと、微笑んでいた彼女の表情はやや緊張した表情になった。
「すみません。実は仕事のことなのですが……」
その瞬間に僕と目を合わせずに、ややうつむき、「今、うまくいってなくて」と自信のない小さな声を出した。そして彼女は話を続けた。
どうやら彼女は地方から都内の大学に進学し、その後、会社に就職したらしい。そこまでは特に問題のない話だったので、僕は少し油断をしていた。でも、彼女の問題はそこからだった。
「会社に行きながら、スクールに通い、コーチングを学びました。それから、会社を辞めて、独立してコーチングをはじめたのですが、まったくといっていいほど、うまくいっていなくて、ほとんど売上が上がっていないんです」
「売上が上がっていないって……失礼ですが、お金の方は大丈夫なんですか?」
「わずかですが、退職金と貯金はあったので、何とか生活しています。ただ、銀行のATMでお金をおろす度に預金残高が減っていくのを見て、おかしくなりそうで。このあと、どうなるんだろう、と不安になることもあります。もう、どうしていいかわからないんです。こんなこと友人にも相談できないし、相談しても多分答えられないだろうし……」
集客が重要なわけではない
相葉さんの表情から、さっきまでの笑みはなくなっていた。恥ずかしい想いがあったのか、うつむいたまま、彼女は話していた。
「『インターネットで集客した方がいい』と聞いていたので、毎日のようにブログを書いたり、Facebookを投稿したりしてきました。でも、申込はもちろん、問合せさえ、ほとんどないんです。もう、どうしたらいいんだろう。このままじゃダメだ、と思った時、橋本さんに連絡してみようと思ったんです。橋本さんのことはFacebookの投稿をずっと拝見していたし、本も読ませていただいていたので、『集客』についてご相談できればと思い、連絡させていただきました」
「そうなんですね」僕はうなずいて、彼女に質問した。
「会社を辞めて、どのくらいになるのですか?」
「(少し考えこんでから)……もう、1年半になります」
「その間、うまくいったことはあるんですか?」
「ほとんどないです。Facebookやブログで告知をしても、ほとんどお客さんは集まりません」
彼女はすっかり自信を失っていた。まるで、自分が「うまくいく」とは考えていないようだった。「うまくいくわけがない」と思いながら、仕事をしているようだった。僕は彼女の話のポイントをノートにメモした後、彼女が販売している商品(サービス)が掲載されているホームページを確認した。
「お話、ありがとうございます。
少し僕から話しますね。まずお話したいのが、ビジネスというのは正しく行えば、売れるようになるということです。逆にいえば、売れないのはどこかが正しくないんです。
相葉さんの場合、まず、大きな『問題』を抱えているのが『商品』です。商品が売れるようになっていないから、集客も売れるようになっていないのです」
相葉さんは驚いた表情で聞き返した。
「えっ、集客が大事だと思っていたのですが、集客は重要ではないのですか?」
彼女は不満を口に出すようなタイプではなかったけど、表情にその不満の様子が微かに現れた。僕は彼女の目を見ながら、静かにその不満に答えた。
「確かに集客は重要です。
『集客が一番重要』と謳っている本は数多くありますよね。特にインターネットでの集客でいえば、『ネット集客……』とか『……集客法』など、そのような本は本当に多い。
ですが、『形がない商品』を扱うコンサルタントやコーチなどの起業家の方は少し状況が違うんです。商品自体が売れるようになっていないケースが多いのです。
『売れない商品』を売るのは本当に労力がかかるし、高いスキルが必要です。商品自体が売れないモノなのに、集客する告知などを魅力的(売れるモノ)に見せるわけですから、下手をすれば、詐欺のようになってしまうこともある。ムリがあるわけです。
自然に任せていたら、『売れない商品』だと『集客』や『告知』も売れないものになり、当然、『結果』も売れないものになってしまうわけです」
集客以前に「商品」が問題
彼女はもともと大きな目をさらに大きくしながら、驚いていたようだった。僕はひと息ついてから、続けた。
「相葉さんはコーチングは学んできたのだと思います。
ですが、マーケティングについてはほとんど経験がないし、ご存知ないですよね。
集客がうまくいかないのは無理もないんです。
その上、『形がない商品』を扱う起業家の方の商品は、僕が見る限り、10中8、9集客以前に商品が悪いんです。商品が悪ければ、集客はなかなかうまくいかない。
たとえば、買ってくれる確率(成約率)が0%の『商品』であれば、相葉さんが10000人見込客を集めても、成約するのは0人。売れるわけがないんです。
これでは集客してもムダです。まずは『商品』を売れるようにすることです」
彼女の表情に不安の色が浮かんだ。僕はその様子に気を遣いながら、続けた。
「ただ、相葉さんの場合、それ以前に根本的な問題があります。それはとても重要な基礎といえるものです」
「根本的な問題、重要な基礎って何ですか?」
彼女は僕の言葉をメモしながら、質問した。
「それは……ネットのみで展開しているということです。それが何よりも問題です」
「えっ、ネットのみではいけないのですか? 何が問題なのか、が全くわかりません。私はネットだけでやってきました。それがダメだったら、これまでの1年半、何をやってきたのか、って思ってしまいます」
焦りとムキになっている様子が入り混じったような相葉さんの表情を見ながら、僕はゆっくりと話し始めた。
「相葉さん、これまでのことは重要じゃありません。相葉さんはこれまでやってきたことを続けたいのですか?そうじゃないですよね。売れるようになりたいのではないんですか?」
相葉さんは何か言おうとしたのをやめ、少し頭を下げるようにして答えた。
「もちろん、売れるようになりたいです」
「僕も同じです。相葉さんが会社を辞めてまで、勝負をかけたのだから。
いえ、人生を賭けてまで今の仕事に勝負をかけたのだから、僕も心から成果を上げてほしいと思っています。
その意味で、相葉さんがうまくいくためにどうすべきか、と思って、話をさせていただいています。
僕が見てきた起業家の方たちのうまくいくケースでは、1年あれば、売上が上がってきます。
それが1年半、うまくいかなかったということはこのまま同じことを続けていたら、うまくいかないままになってしまいます。
過去がうまくいかない状況であれば、何も変えなければ、未来もうまくいかなくなる可能性が高いのです。もちろん、成功していたモノがいつまでも続くとは限りません。
ですが、失敗していたモノが時間の経過と共に成功するようになることは期待しない方がいいです。特に起業の場合、時間的にも資金的にも限界があるので、1年半もうまくいかないのであれば、何かを変える必要があるわけです」
彼女は静かに何かを考えているようだった。そして、僕の目を見て、「お願いします」と答えた。
基本的なことを見落としていた
少し、相葉さんとの話から脱線し、僕の話をします。僕は大手企業などの顧問をしたり、商品開発にも関わったりしてきました。
だからこそ、余計に感じるのですが、大手企業の商品とくらべると、相葉さんのような小規模な企業や個人の場合、あまりにも商品というレベルに達していないケースが多い。特に「形がない商品」を扱うコンサルタントやコーチなどの起業家の方はなおさらそうだった。
僕の2冊目の著書『顧客の「本音」がわかる9つの質問』(Amazonマーケティング部門ベストセラー1位獲得)を出版した2014年12月以降、「形がない商品」を扱うコンサルタントやコーチなどの起業家の方から、「集客」についての相談を受けることが多くなった。
でも、それらは相葉さんのケースと同じだった。「集客」以前に「商品」が売れる形になっていなかった。
彼ら自身は集客ができていないから、売れないと思っている。でも、実際には商品が売れる形になっていないから、売れないのだ。「売れない商品」を無理に集客して売ろうとしているのだけど、商品が売れないものなので、集客も売れないものになっていた。
そして、相葉さんや彼らはさらに基本的なことを見落としていた。何よりも先にマスターすべき根本的なことについてだ。
この根本的なことを押さえていないことが余計に売れない原因になっている。
そのために何年もの間、うまくいかない状況に陥いるケースだってある。
「形がない商品」を扱うコンサルタントやコーチなどの方はこの「根本的なこと」を学んでから、ビジネスを展開する必要がある。
僕はまさにそれを相葉さんに話そうとしていた。
4つの軸
彼女は早く聞きたい様子だった。一息ついて、僕は彼女に話し始めた。
「これは、僕が商品開発などのコンサルティングをする時に話していることで、とても重要なことです。それは『4つの軸』というものです」
相葉さんは真っ白なスマートフォンを手に取りながら、「すみません」と言いながら、検索しようとした。僕は「検索しても意味がないですよ。僕オリジナルの考え方なので……」そう微笑みながら、答えた。
「橋本さんのオリジナルの考え方なら、多くの人が知らないんじゃないんですか」
「言葉としては知らないと思います。ただ、高い成果をあげている方はこの考えの一部に則っているケースが多いですね。
僕がマーケティングの支援をした起業家の方の中でも、創業してわずかな期間に年商2億を超えるような成果をあげた起業家の方などは、まさにこのとおり、展開しています」
それはとても重要な考え方だった。
「4つの軸」を知らなければ、誤った情報を入手し、誤った考えをもち、誤った行動をとり、いつまで経ってもうまくいかない可能性だってある。
でも、「4つの軸」を知れば大きく変わる。正しい情報を入手し、正しい考えをもち、正しい行動がとれる確率が高まっていく。
彼女はインターネットで集客をしていた。ブログを更新したり、Facebookを投稿したりしてきた。
「インターネットにはチャンスがある」という話を信じて、そのような毎日を繰り返してきたのだ。でも結果は散々だった。
彼女のような場合、目的地以前に「自分の現状」という現在地がわかっていない。まずはそれを知ることだ。それがわかると、正しい対策がとれるようになる。
といっても、学者のような話をするわけではない。多変量解析など数学的に難しい話をするつもりもない。
誰でも理解できる「とてもシンプルなこと」だ。でも多くの人が見落としている重要なことをお話していく。
僕はビジネス書を執筆するだけでなく、多くのビジネス書を読んできたが、そのことに触れている書籍はこれまで読んだことがない。おそらく、これが初めてだと思う。
僕がそれを知ったのは「大手企業」だけでなく、「起業家」の(マーケティングの)支援もしてきたからだ。相反する2つの支援をし、それぞれのリサーチ(顧客調査)の中である種の「違和感」に出会った。
大規模な企業と小規模な企業では明らかに顧客の声が違う。その違い、「違和感」から「4つの軸」、言い換えると「大知対形」と呼ぶ考え方が生まれた。
僕は彼女に言った。
「『4つの軸』は『大知対形』とも呼んでいます」
そう僕が言うと、彼女は少し考えてから、聞き返した。
「ダイチタイケイ?」
「そう、大(ダイ)、知(チ)、対(タイ)、形(ケイ)です。
それこそが、うまくいっていない方に何よりも先に知っていただきたいことなんです」
僕は彼女にその想いが伝わるように、やや大きな声を出していた。
(次回につづく)